競艇選手

(競艇)歴代賞金王野中 和夫選手とは

歴代賞金王野中 和夫選手とは

プロの選手が行うモーターボート競技で、所轄官庁は国土交通省海事局になります。
造船関係の産業を広める目的で実施されますが、現代では幅広い年齢層の人々が楽しむ娯楽となっています。
2009年まで競艇と呼ばれていましたが、2010年からブランド名がボートレースになり若い世代のファンも増えつつあります。
ボートレーサーは専門の養成所で1年の訓練を受け、選手登録試験に合格するとボートレーサーになることができます。

他の公営競技と比べると現役選手のまま活躍できる期間が長いのがボートレースの特徴です。
ボートレーサー養成所に入学した中で、実際にデビューできるのは約半数となっています。
競艇の開催は、競馬や競輪など他の公営競技とのバランスで日程が組まれます。
スペシャルグレード競争は前年の8月頃に決定し、グレード1からグレード3までは前年の12月までに決まります。
一般の競争は3ヶ月ごとに決定されます。

ボートレースには男女が同じ条件で戦うという特色があります。
第1回全日本選手権では4人もの女性が出場し、1950年代にすでに3人の優勝者を出しています。
歴代賞金王の中には高い能力に加えて個性的な選手も多く、現在でもメディアに登場します。

モンスターと呼ばれた野中和夫は、SG優勝17回を誇るボートレース界のスターです。
25歳で選手になった野中和夫は大阪府堺市出身で、競艇選手になる前の職業はエレベーター技師です。

1969年3月24日に住之江競艇場でデビューし、1995念には当時のSG競争を全て制覇してグランドスラムを達成します。
翌年の1996年には新しくできたSGオーシャンカップ競争にも出場して優勝しています。

1990年代の後半くらいから徐々に体の衰えが目立ち始めた野中和夫は、2005年に3月からボートレーサーの団体組織の会長に就任します。
60歳のときに児島で6コースから一気のまくりで還暦優秀を飾り、ファンを喜ばせます。

この優勝がモンスターと呼ばれた野中和夫最後の優勝になります。
日本モーターボート選手会の会長を4年間務め、2009年11月18日に年齢的な問題から引退を発表し12月19日に引退セレモニーが行われます。

最後の最後まで攻めるレースを行ったモンスターは、多くのファンの記憶に残る選手です。
40年にわたる波乱万丈の人生にピリオドを打った野中和夫は、世界の王を獲得賞金で抜いたこともあります。
選手登録を返上して引退した後もボートレースの魅力を伝え続け、2010年にボートレースの殿堂入りを果たしています。

野中 和夫選手の優勝歴

SG

  • 総理大臣杯競走 1回(1991年)
  • 笹川賞競走 6回(1974年、1976年、1987年、1990年、1991年、1993年)
  • グランドチャンピオン決定戦競走 1回(1995年)
  • オーシャンカップ競走 1回(1996年)
  • モーターボート記念競走 3回(1974年、1979年、1985年)
  • 全日本選手権競走 2回(1974年、1976年)
  • 賞金王決定戦 3回(1988年、1992年、1993年)

通算成績

  • 出走回数:6501 SG優勝回数:17回(歴代最多) GI優勝回数:39回 1着回数:2574回 生涯獲得賞金:18億5537万1637円
  • 賞金王(年間最多賞金獲得選手)7回、年間最多優勝回数16回は、いずれも歴代最多。

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まさる

競馬や競艇で楽しんでいます!初心者の方へ可能な限り、分かり易く説明していきたいと思っています! また馬券、舟券の出目買いなどや様々な条件の元で聖杯を見つけるべく検証していきたいと思っています!
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